大うつ病性障害に対する継続的な経皮的迷走神経刺激治療の明確なバイオマーカー
2018年に『Brain stimulation』という医学雑誌に掲載されたうつ病に対する経皮的迷走神経刺激治療の効果とメカニズムに関する論文を紹介します。
この研究は、アメリカのハーバード大学,マサチューセッツ総合病院と中国の中国中医科学院広安門医院との共同研究です。
Tu Y, Fang J, Cao J et al: A distinct biomarker of continuous transcutaneous vagus nerve stimulation treatment in major depressive disorder. Brain Stimul. 11(3): 501-508. 2018.
fMRI(磁気共鳴機能画像法;functional magnetic resonance imaging)を用いて、大うつ病性障害(MDD;major depressive disorder)患者の脳神経活動を評価し、継続的な経皮的迷走神経刺激治療がうつ症状を軽減したこと、そのメカニズムとして視床下部と前帯状皮質の機能結合(FC;functional connectivity)が関係していることを明らかにしています。
うつ病では脳の帯状皮質(subgenual cortex)と視床下部との神経の機能結合(FC)が減少していることが報告されています。
※視床下部(hypothalamus):間脳にあり、生命現象をになう自律神経系(交感神経・副交感神経)および内分泌系(下垂体ホルモンの調節)の機能を調節している。体温調節や血圧、心拍、ストレス応答、摂食行動、睡眠覚醒、情動反応(大脳皮質・大脳辺縁系)に関わる。
※帯状皮質 (cingulate cortex);大脳半球内側にある領域で帯状回とも呼ばれる。海馬や扁桃体、海馬傍回など大脳辺縁系を結びつけ、感情の形成と処理、学習と記憶などに関わる。
目次
研究の背景
大うつ病性障害(MDD;major depressive disorder)の患者の30%は、抗うつ薬や心理療法の効果がみられないと言われている。
迷走神経刺激療法(vagus nerve stimulation;VNS)は、治療抵抗性うつ病の治療法としてFDA (アメリカ食品医薬品局;Food and Drug Administration) に承認されている。しかしながら、VNSには外科手術が必要で、副作用の可能性もある。
近年、非侵襲的な方法である経皮的迷走神経刺激療法(transcutaneous vagus nerve stimulation;tVNS)が、大うつ病性障害(うつ病)の治療法として注目されている。
経皮的迷走神経刺激療法(tVNS)は、耳介に分布している求心性の迷走神経耳介枝を刺激することで、外科手術を必要とせず、迷走神経刺激療法(VNS)と類似したうつ症状の軽減効果がみられる。
視床下部が神経内分泌と自律神経を調節していることが知られている。
視床下部は、視床下部−下垂体−副腎系(HPA axis)を介して急性のストレス反応とコルチゾールの分泌を調節している。
うつ患者では、視床下部−下垂体−副腎系(HPA axis)の活性の不適応があるとされている。
近年の研究において、うつ病では脳の帯状皮質(subgenual cortex)と視床下部との神経の機能結合(FC;functional connectivity)が減少していることが証明されていることから、安静時の脳における視床下部のコミュニケーションが生理的・精神的機能に重要であることが示唆されている。
本研究では、継続的な経皮的迷走神経刺激療法(tVNS)の期間中とtVNSを行う前の安静時における視床下部と他の脳部位間の機能結合(FC)を調べた。
これに加えて治療期間の機能結合(FC)の強さと4週間後の症状の改善との関連を調べた。
研究対象
軽度・中等度のうつ症状を対象とした。
41人の軽度・中等度の大うつ病性障害患者を研究対象としてリクルートした。
大うつ病性障害の診断には、ICD-10国際疾病分類の精神・行動の障害を用いた。
参加基準
①ICD-10の診断基準による軽度(2つの典型的な症状と2つの他の主要症状)、中等度(2つの典型的な症状と3つの他の主要症状)のうつエピソード
②18〜70歳
③介入開始前の2週間に抗うつ薬、抗精神病薬の服用を止める
④症状がみられてから2週間〜2年
研究方法
41人の大うつ病性患者を介入群とコントロール群にランダムに振り分けた。
・介入群:経皮的迷走神経刺激療法(tVNS)を受けた20 人
刺激部位:両側の迷走神経耳介枝が分布している耳甲介(auricular concha)領域
・コントロール群:シャム(偽)の経皮的迷走神経刺激療法(stVNS)を受けた21人
刺激部位:迷走神経耳介枝が分布していない舟状窩(superior scapha)
【刺激方法】
患者自身が電気刺激装置を操作して電気刺激を行った。
20Hzで耐えうる強さ(4〜6 mA)の電流を30分間流した。
1日に2回、週に最低でも5日で計4週間、継続して行った。
【評価方法】
・Hamilton Depression Rating Scale (HAM-D);ハミルトンうつ病評価尺度
・Hamilton Anxiety Rating Scale (HAM-A);ハミルトン不安評価尺度
・Self-Rating Anxiety Scale (SAS);Zung自己評価式不安尺度
・Self-Rating Depression Scale (SDS);Zung自己評価式抑うつ尺度
【fMRI】
シードに基づく解析
シードとして内側視床下部と外側視床下部を選んだ。
結果
臨床症状の結果
真の経皮的迷走神経刺激療法(tVNS)によりハミルトンうつ病評価尺度(HAM-D)、ハミルトン不安評価尺度(HAM-A)、Zung自己評価式抑うつ尺度(SDS)のスコアが有意に減少した。
しかし、シャム(偽)のtVNSでは、いずれのスコアも有意な減少はみられなかった。
→ 経皮的迷走神経刺激療法(tVNS)によりうつ症状と不安感が軽減した。
fMRIの結果①
真の経皮的迷走神経刺激療法(tVNS)は、安静時に比べて内側視床下部ー吻側の前帯状皮質(rACC)との機能結合を有意に減少させた。
真の経皮的迷走神経刺激(tVNS)中の内側視床下部ー吻側の前帯状皮質(rACC)との機能結合は、ハミルトンうつ病評価尺度(HAM-D)の改善と相関していた。
真の経皮的迷走神経刺激(tVNS)は、内側視床下部ー中前頭回(MFG)との機能結合、内側視床下部ー小脳との機能結合を有意に調整した。しかし、ハミルトンうつ病評価尺度(HAM-D)の改善とは相関がみられなかった。
fMRIの結果②
真の経皮的迷走神経刺激(tVNS)とシャム(偽)の経皮的迷走神経刺激(tVNS)ともに外側視床下部ー中帯状皮質(MCC)、外側視床下部ー被殻(putamen)の機能結合を調整した。
しかし、ハミルトンうつ病評価尺度(HAM-D)の改善とは相関がみられなかった。
考察
経皮的迷走神経刺激療法(tVNS)の抗うつ効果は多くの研究により、脳幹の延髄にある弧束核(NTS)から気分や感情の調節に関係している脳部位へ投射している迷走神経によるものと考えられている。
ニューロイメージングの研究において、経皮的迷走神経刺激療法(tVNS)が、視床下部や眼窩前頭皮質(OFC;orbitofrontal cortex)、頭頂後頭葉皮質(parieto-occipital cortex)、側頭葉(temporal lobe)、扁桃体(amygdala)、島(insula)、視床(thalamus)、海馬(hippocampus)、中心後回(postcentral gyrus)、側坐核(NAc;nucleus accumbens)、脳幹(brainstem)などの脳部位に幅広く影響を与えることが証明されている。
これらの脳部位のいくつか特に視床下部は大うつ病性障害(うつ病)の病因と寛解に関係している。
楔前部(precuneus)と眼窩前頭皮質(orbital prefrontal cortex)のデフォルトモード・ネットワーク(DMN)の機能結合の増加がうつ症状(ハミルトンうつ病評価尺度のスコア)の改善と関連している。
したがって、経皮的迷走神経刺激療法(tVNS)が脳内の機能結合を調整し、その結果、うつ病の重症度を減少することができると考えられる。
結論
継続的な経皮的迷走神経刺激療法(tVNS)が、内側視床下部(MH)ー吻側の前帯状皮質(rACC)間の機能結合を有意に調節した。
経皮的迷走神経刺激療法(tVNS)による機能結合の調節とうつ症状の改善が有意に相関していた。したがって、内側視床下部ー吻側の前帯状皮質(rACC)との機能結合が、うつ病に対する経皮的迷走神経刺激療法(tVNS)の適確なバイオマーカーとなり、治療パフォーマンスを予想できるかもしれない。