fMRIによるヒト脳に対する鍼通電刺激とマニュアル(手動)鍼刺激の効果
2005年に『Human brain mapping』という医学雑誌に掲載された論文を紹介します。
この研究は、アメリカのハーバード大学,マサチューセッツ総合病院(Massachusetts General Hospital and Harvard Medical School)で行われたものです。
Napadow V, Makris N, Liu J et al:Effects of electroacupuncture versus manual acupuncture on the human brain as measured by fMRI. Hum Brain Mapp. 24(3):193-205. 2005.
下腿の足三里に鍼通電刺激あるいはマニュアル(手動)の鍼刺激、触刺激(軽くタッピングする)を行い、どこの脳領域に影響があるのかをfMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いて調べています。
その結果、マニュアル(手動)の鍼刺激よりも鍼通電刺激の方が、より広範囲の脳領域に影響を及ぼしたこと、触刺激(軽くタッピングする)では知覚領域以外あまり影響がなかったことを報告しています。
目次
- ○ 研究の背景
- ○ 研究対象
- ○ 研究方法
- ○ 結果
- ・体性感覚野
- ・大脳辺縁系
- ・大脳皮質と脳幹
- ○ 考察
- ・辺縁系におけるfMRIの結果
- ・脳幹におけるfMRIの結果
- ・体性感覚皮質におけるfMRIの結果
- ○ 結論
研究の背景
鍼治療には、鍼の刺入、操作、保持、刺激方法など幅広いテクニックが存在する。
fMRI研究の目的は、異なる周波数の鍼通電(電気鍼)と伝統的なマニュアル(手動)の鍼との中枢への効果を比較することにある。
鍼の方法の選択はエビデンスに基づく医学研究と一致しなければならない。
鍼通電(EA;electroacupuncture)を臨床や研究で用いる主な利点は、客観的、定量的に刺激の頻度や強度を設定できることである。
2Hzの鍼通電(EA)刺激は、μおよびδオピオイドレセプターを介してエンドモルフィンやエンドルフィン、エンケファリンを分泌することによって鍼鎮痛を引き起こすことが証明されている。
一方、100Hzの鍼通電(EA)刺激は、脊髄の後角でκオピオイドレセプターを介してダイノルフィンの分泌を増強し、鍼鎮痛を起こす。
さらに鍼通電(EA)刺激は、背側縫線核と大縫線核においてセロトニンの合成と利用を増強することが証明されている。
近年、ヒトを対象としたfMRIを用いた研究において、低周波(3Hz)の鍼通電(EA)では被殻と島のシグナルが増加したが、マニュアル(手動)の鍼では同部位のシグナルが減少したことが報告されている(Kong et al.2002)。
Wuらは、下腿の陽陵泉(GB34)に低周波(4Hz)の鍼痛電(EA)、偽あるいは微弱な鍼痛電を行い、その特異的、非特異的効果について調べている(Wu et al.2002)。
真の低周波鍼痛電によって辺縁系および辺縁系に関係のある脳構造により強い効果がみられた。
特に辺縁系に関連する部位(島、視床、小脳)と前・中帯状皮質の血流動態シグナルが増加したが、前帯状皮質の膝下野では減少が見られた。
我々は、脳の血流動態に対する足三里(ST36)への低周波(2Hz)の鍼痛電(EA)あるいは高周波(100Hz)の鍼痛電(EA)刺激の効果をマニュアル(手動)の鍼あるいは触刺激と比較した。
研究対象
13人の健康成人(21−42歳,男性6,女性7)
白人10人,ヒスパニック1人,アフリカ系アメリカ人1人,アジア人1人
精神・神経疾患、意識消失を伴う頭部外傷、重篤な心血管・呼吸器・腎疾患の既往がある者は除外
最も重要な条件として鍼治療の未経験者であること
研究方法
はじめにコントロール(対照)としての知覚刺激を行った。知覚刺激は、左側の足三里(ST36)に5.88フォンフレイ・モノフィラメントを用いて1Hzの頻度でタッピング(軽く叩く)を行った。
その後、マニュアル(手動)の鍼あるいは2Hzの鍼痛電(EA)、100Hzの鍼痛電(EA)を行った。
直径0.22mm、長さ40mmのディスポーザブル鍼を前脛骨筋に1〜1.5cm刺入した。
マニュアル(手動)の鍼は左側の足三里(ST36)に1Hzの頻度で回旋を継続した。
鍼痛電(EA)は、右側の足三里(ST36)と1cm近位の非経穴部位に鍼を浅く刺入して行った。
電流の強さは0.7〜3.6mAの間で、被験者の知覚と痛みの閾値の中間くらいに設定した。
電流は二相性の矩形波で、頻度は1Hzあるいは100Hz
トータルのスキャン時間は7分とした。経穴に鍼を刺入した後にスキャンを開始した。
2分間の安静の後、1分間の鍼刺激を行い、2分間のインターバルの後に次の鍼刺激を1分間行った。
その後、1分間の安静後に抜鍼した。
結果
マニュアル(手動)の鍼刺激によって7部位のシグナルの増加がみられたのに対して、2Hzの鍼痛電では15部位、100Hzの鍼痛電では9部位でシグナルの増加がみられた。
すべての鍼刺激(マニュアルの鍼刺激、2Hzの鍼痛電、100Hzの鍼痛電)において、触刺激よりもより多くの部位でポジティブあるいはネガティブな血流動態シグナルの反応がみられた。
体性感覚野
予想通りに、二次体性感覚野(頭頂弁蓋,SⅡ)は、全ての刺激に対してポジティブな血流動態反応を示した。
2Hzと100Hzの鍼痛電刺激によって、一次体性感覚野(SⅠ)にあるホムンクルスの下肢の領域においてポジティブな血流動態反応がみられた(図2)。
大脳辺縁系
辺縁系では、扁桃体、帯状膝下野、膨大後部皮質、海馬の前部の信号の減少が、すべての鍼刺激(マニュアルの鍼刺激、2Hzの鍼痛電、100Hzの鍼痛電)によって減少した(図3)。
反対側の中帯状皮質の前方部では、鍼痛電でポジティブなシグナルの反応がみられたが、マニュアルの鍼刺激と触刺激ではみられなかった。中隔領域では鍼痛電刺激のみにシグナルの減少がみられた。
大脳皮質と脳幹
いくつかの辺縁系に関連した皮質と脳幹においても、統計学的に有意な血流動態シグナルがみられた(図4)。
前頭極の背内側、前頭前野の腹内側領域、側頭極ではシグナルの減少が、島の前部ではシグナルの増加がすべての鍼刺激(マニュアルの鍼刺激、2Hzの鍼痛電、100Hzの鍼痛電)によってみられた。
下頭頂小葉では、鍼刺激と触刺激の両方でシグナルの増加がみられた。
2Hzの鍼痛電刺激によって橋の縫線核のポジティブな血流動態反応がみられた。( [Haines, 1991; Paxinos and Huang, 1995])
視床の内側中部にマニュアルの鍼刺激と2Hzの鍼痛電刺激によってポジティブなシグナル反応がみられた。
考察
辺縁系におけるfMRIの結果
辺縁系は脳の多くの部位に広く相互接続するネットワークを形成し、知覚・運動・自律神経系、内分泌系、認知、気分、行動の動機づけなどの調節の統合と同調に重要である。
すべての鍼刺激(マニュアルの鍼刺激、2Hzの鍼痛電、100Hzの鍼痛電)は、扁桃体、海馬の前部、帯状皮質の膝下野などの多くの皮質辺縁系のシグナルを増加させた(図3)。
これらの反応は触刺激ではみられなかった。
扁桃体は、特に恐れと防御行動に重要な役割をしている。
また、痛みの処理(Bingel et al. 2002; Bornhord et al. 2002; Jasmin et al. 2003)と動機づけの刺激(Zald, 2003)に関与している。
海馬は記憶の処理を伴う感情の状態に関係している。
扁桃体と海馬の前部におけるシグナルの減少は、合谷(LI4)や陽陵泉(GB34)、足三里(ST36)への鍼刺激を行った過去のfMRI研究(Hui et al. 1997, 2000; Wu et al. 1999, 2002; Zhang et al. 2003)と一致していた。
プラセボ様の触刺激が辺縁系に反応を示さなかったことは、扁桃体や海馬などの古皮質領域が新皮質領域よりもプラセボ効果の影響を受けにくいことを証明したMaybergらの研究(Mayberg et al. 2002)と一致していた。
皮質辺縁系のネットワークが、鍼刺激の調節効果と臨床効果の重要な経路であるかもしれないことが強く示唆されている。
前頭葉(多くの高次認知機能に重要)における反応は、触刺激よりも鍼刺激にほうが強かった。
近年の報告(Casey, 1999)では、前頭葉と辺縁系の接続が存在し、認知が情動と痛みの処理の調節に重要な役割をはたしていることを示している。
統計学的有意な反応が、いくつかの他の重要な辺縁系関連部位でみられた。
特に鍼刺激は、内臓痛の知覚弁別次元に関連するとされる島の前部のシグナルを増加させた。
島の前部は扁桃体(Shi and Cassell, 1998)と帯状皮質に知覚情報を送っている。
実際、島−扁桃体の接続は、痛覚促進と痛覚過敏に関係している(Jasmin et al. 2003)。
脳幹におけるfMRIの結果
中脳中心灰白質(PAG)からのエンドルフィンの分泌や大縫線核を介した下行性セロトニン神経によるよく言われる鍼刺激の痛み抑制のネットワークは、他のfMRIを用いた鍼刺激の研究では明確に言及されていない。
マウスを用いた研究で、高周波の鍼痛電刺激による鎮痛効果は、パラクロロフェニルアラニン(セロトニン合成阻害剤)によって減弱するがナロキソン(オピオイドの拮抗剤)では減弱されない。
一方、低周波の鍼痛電刺激では逆になった(Cheng and Pomeranz, 1979, 1981)。
この結果は、低周波の鍼痛電刺激はオピオイドによる鎮痛を調節するが、高周波の鍼痛電刺激は下行性のセロトニン神経により調節されることを示唆している。
我々の研究において、低周波の鍼痛電刺激は、橋の縫線核の血流動態反応を増加させたが、高周波の鍼痛電刺激、マニュアルの鍼刺激、触刺激ではみられなかった。
橋の縫線核は、小脳と皮質下(上行性)のセロトニンシステムに関係している(Parent, 1996)。
特にラットを用いた研究(Han et al., 1979)によると、上行性のセロトニンシステムは、低周波の鍼痛電刺激による鎮痛に関係している。
体性感覚皮質におけるfMRIの結果
全ての刺激は、二次体性感覚野(SⅡ)のシグナルを増加させた(図2)。
さらに2Hzと100Hzの鍼痛電刺激は、一次体性感覚野(SⅠ)にあるホムンクルスの下肢の領域のシグナルを増加させた。
すべての刺激によって体性感覚皮質(特にSⅡ)のシグナルの増加がみられたことは予想通りであった。
電気刺激は体性感覚の受容器と神経線維の大きな活性化因子である。
一方で、マニュアルの刺激と触刺激は特異的な受容器を優先的に活性化しているのかもしれない(例えばピクピクするような低周波はマイスナー小体、高周波の振動はパチニ小体を刺激する。振動刺激は様々なfMRIの活性化を生み出す(Harrington and Hunter Downs, 2001))。
結論
鍼痛電刺激は、マニュアル(手動)の鍼刺激よりも広範囲にシグナルを増加させた。
さらに、すべての鍼刺激(マニュアルの鍼刺激、2Hzの鍼痛電、100Hzの鍼痛電)は、触刺激よりもポジティブあるいはネガティブな血流動態のシグナル反応を引き起こした。
すべての鍼刺激は、扁桃体、海馬の前部、帯状皮質膝下野、前頭前皮質の腹内側部のシグナルを減少させ、島の前部のシグナルを増加させたが、触刺激では変化がみられなかった。
これらの結果は、辺縁系システムが鍼刺激の効果の中枢であるという仮説を支持している。
さらに全ての鍼刺激と触刺激は、二次体性感覚野(SⅡ)のシグナルを増加させた。
一方で、2Hzと100Hzの鍼痛電刺激は、一次体性感覚野(SⅠ)にあるホムンクルスの下肢の領域のシグナルを増加させた。
鍼刺激の異なる様式による基礎的なメカニズムの知見は、鍼灸臨床にみられる多種多様な疾患の治療により効果のある刺激方法について推奨するのに役立つであろう。