初めてのエピソード、薬物治療未経験の大うつ病性障害(MDD)に対する経皮的耳介迷走神経刺激(taVNS)治療後の神経活動の変化
2022年に『Frontiers in neuroscience』という医学雑誌に掲載されたうつ病に対する経皮的耳介迷走神経刺激治療(taVNS;transcutaneous auricular vagus nerve stimulation)の効果に関する論文を紹介します。
この研究は、中国の中南大学湘雅二医院と中国中医科学院広安門医院との共同研究です。
Yi S, Wang Z, Yang W et al:Neural activity changes in first-episode, drug-naïve patients with major depressive disorder after transcutaneous auricular vagus nerve stimulation treatment: A resting-state fMRI study. Front Neurosci. 12;16:1018387. 2022.
初めて発症したうつ病患者に4週間の継続した経皮的耳介迷走神経刺激治療(tVNS)を行い、fMRI(磁気共鳴機能画像法;functional magnetic resonance imaging)を用いて、脳の神経活動を評価しました。
その結果、taVNSは、うつ症状と不安感を有意に軽減し、脳の中心前回(PrCG)や中心後回(PoCG)、補足運動野(SMA)などの神経活動を調節したことを明らかにしています。
目次
研究の背景
大うつ病性障害(MDD;major depressive disorder)は、悲観主義、社会的孤立、自己信頼の低下、精神の抑制に特徴づけられる医学的、経済的にも影響のある疾患である(Kessler et al. 2010; Stegmann et al. 2010)。
MDD患者の1/3は、伝統的な治療(抗うつ薬、心理療法、認知療法など)に反応しない(Fava, 2003)。
迷走神経刺激療法(VNS)は、治療抵抗性MDDの治療として承認されている(Daban et al. 2008)。
VNSはMDD治療において、すぐれた臨床効果と高い寛解率がある(Schlaepfer et al. 2008; Aaronson et al. 2017)。
しかしながら、侵襲的な手順や外科手術のリスク、副作用の可能性などがあり、VNSの幅広い使用には制限がある(Fitzgerald, 2013)。
経皮的耳介迷走神経刺激療法(taVNS;transcutaneous auricular vagus nerve stimulation)は、うつ症状を軽減するためのVNSと同じように非侵襲的に脳部位を刺激できる新しい方法として開発されている(Ventureyra, 2000; Fallgatter et al. 2005)。
いくつかの研究は、taVNS治療がMDD患者の脳機能を調節でき、有意にうつ症状を改善することを示している(Fang et al. 2016, 2017; Liu et al. 2016)。
多くの研究では、中心前回(precentral gyrus ;PrCG)(Liu et al. 2021)、中心後回(postcentral gyrus;PoCG)(Xia et al. 2019; Liu et al. 2021)、鳥距溝calcarine cortex;CAL)(Shen et al. 2017)、補足運動野(supplementary motor area;SMA)(Yan et al. 2021)、舌状回(lingual gyrus;LG)(Geng et al. 2019)の局在均一性(ReHo)の値が健常人に比べてMMD患者で増加していることが示されている。
本研究の目的は、初めてのエピソードで薬物未経験のMDD患者に対してtaVNSが局在均一性(ReHo)の値を調節するか、また、どのように調節するかを検討することにある。
我々は、MDD患者に対するtaVNS治療は有意にいくつかの脳部位の局在均一性(ReHo)の値を調節し、局在均一性(ReHo)の値の変化がMDD患者に対するtaVNS治療の効果の神経メカニズムとして理解されるかもしれないと言う仮説を立てた。
研究対象
22人(18〜51歳)のMDD患者を募集した。
米国精神医学会のDSM-Ⅳ(精神障害の診断と統計の手引き)診断基準を用いて、2人の精神科医が大うつ病の診断を行った。
全ての患者は、初めてのMDDエピソードで治療を受けていなかった。
双極性障害、器質性精神障害、薬物誘発によるうつ病、季節性感情障害、大病、妊娠、産後うつ、認知症あるいは他の認知障害は除外した。
研究方法
耳介の表面に分布する迷走神経の知覚神経枝をtaVNSにより刺激した。taVNSの刺激部位は、迷走神経が密に分布している両側の耳甲介とした。
電流の強さは患者が耐えられる強さ(4〜6mA)で、頻度は20Hz。
1回の刺激時間は30分間で、1日に2回(朝と夕方)、少なくとも週に5日で4週間。
【臨床効果の評価】
臨床効果の評価には、17項目のハミルトンうつ病評価尺度(HAMD;Hamilton Depression Rating Scale)、ハミルトン不安評価尺度(HAMA;Hamilton Anxiety Rating Scale)、Zung自己評価式抑うつ尺度(SDS;Self-Rating Depression Scale)、Zung自己評価式不安尺度(SAS;Self-Rating Anxiety Scale)を用いた。
結果
臨床症状
4週間のtaVNS治療によって、HAMD、HAMA、SDS、SASのスコアが有意に減少した。
↓
うつ症状、不安感が軽減した。
fMRI
MDD患者における左・右側の中帯状皮質(MCC;median cingulate cortex)、左側の中心前回(PrCG;precentral gyrus)、左側の中心後回(PoCG;postcentral gyrus)、右側の鳥距溝(CAL;calcarine cortex)、左側の補足運動野(SMA;supplementary motor area)、左側の中心傍小葉(PAL;paracentral lobule)、右側の舌状回(LG;lingual gyrus)の局在均一性(ReHo)の値が、taVNS後に有意に減少した。
うつ症状の改善と中帯状皮質との関連
taVNS治療後の右側の中帯状皮質(MCC)の局在均一性(ReHo)の減少は、ハミルトンうつ病評価尺度(HAMD)の改善と有意に相関した(r = 0.62, p = 0.006)。
うつ症状の改善と補足運動野との関連
左側の補足運動野(SMA)の局在均一性(ReHo)の減少は、ハミルトンうつ病評価尺度(HAMD)の改善と有意に相関した(r = 0.74, p < 0.001)。
考察1
今回の研究で、taVNS治療は、初めてのエピソードで薬物未経験のMDDに効果的であることが証明された。
治療前に比べて治療後にMDD患者の左・右側の中帯状皮質(MCC;median cingulate cortex)、左側の中心前回(PrCG;precentral gyrus)、左側の中心後回(PoCG;postcentral gyrus)、右側の鳥距溝(CAL;calcarine cortex)、左側の補足運動野(SMA;supplementary motor area)、左側の中心傍小葉(PAL;paracentral lobule)、右側の舌状回(LG;lingual gyrus)の局在均一性(ReHo)の値が有意に低かった。
右側の中帯状皮質(MCC;median cingulate cortex)と左側の補足運動野(SMA;supplementary motor area)における局在均一性(ReHo)の値の減少とハミルトンうつ病評価尺度(HAMD)スコアの減少との間に正(ポジティブ)の相関が認められた。
中帯状皮質(MCC;median cingulate cortex)は、認知の調節とネガティブな感情の処理、痛みの処理と関連している(Wong et al. 2019; Brenner et al. 2021)。
MDD患者の中帯状皮質(MCC)に構造と機能の異常があることから、MDDの病因において中帯状皮質(MCC)が重要であることが示唆される。
今回の研究で、MDD患者の中帯状皮質(MCC)の神経活動がtaVNS治療によって減少したことがわかった。
したがって我々は、中帯状皮質(MCC)の機能調節がMDD患者に対するtaVNS治療の効果的な脳メカニズムであるかもしれなと推測している。
taVNS治療後、MDD患者では左側の補足運動野(SMA)の局在均一性(ReHo)の値が有意に低かった。
動作運動、順序動作と計画、反応の抑制などは補足運動野(SMA)によって調節されていると言われている(Mohebi et al. 2019; Dong et al. 2021)。
健常人に比べてMDD患者では、補足運動野(SMA)の局在均一性(ReHo)の値が増加していることが報告されている(Liu et al. 2012; Yan et al. 2021)。
今回の研究において、taVNS治療がMDD患者の補足運動野(SMA)の局在均一性(ReHo)の値を有意に減少させ、4週間後にうつ症状を有意に緩和したことは、taVNS治療がMDDの治療として効果的な神経調節法であることを示している。
これに加えて、taVNS治療後の左側補足運動野(SMA)の局在均一性(ReHo)の値の減少は、ハミルトンうつ病評価尺度(HAMD)の減少と有意に相関していた。
このことはtaVNS治療が補足運動野(SMA)の脳活動を調整し、MDD治療としての有効性を証明している。
MDD患者において、taVNS後に右側の舌状回(LG;lingual gyrus)と鳥距溝(CAL;calcarine cortex)の局在均一性(ReHo)の値の減少がみられた。
舌状回(LG)と鳥距溝(CAL)は、表情と情動の処理(Dima et al. 2018; Sun et al. 2018)、高次の視覚処理(Fan et al. 2021)に関与している。
これまでの研究では、MDD患者では健常人よりも舌状回(LG)と鳥距溝(CAL)の局在均一性(ReHo)の値が有意に高いことが発見されている(Shen et al. 2017; Geng et al. 2019)。
MDDの病態生理には舌状回(LG)と鳥距溝(CAL)が重要であり、舌状回(LG)と鳥距溝(CAL)の機能、構造、脳血流の異常がMDDを引き起こすのかもしれない。
taVNS後にMDD患者の舌状回(LG)と鳥距溝(CAL)の局在均一性(ReHo)の値が変化したことより、舌状回(LG)と鳥距溝(CAL)の機能調節がMDD患者に対するtaVNS治療の効果的メカニズムかもしれないことを推測できる。
考察2
初めてのエピソードのMDD患者において、taVNS治療は左側の中心前回(PrCG;precentral gyrus)、左側の中心後回(PoCG;postcentral gyrus)、左側の中心傍小葉(PAL;paracentral lobule)の局在均一性(ReHo)の値を有意に減少した。
中心前回(PrCG;precentral gyrus)、中心後回(PoCG;postcentral gyrus)、中心傍小葉(PAL;paracentral lobule)は、感覚運動皮質に属し、認知機能(Wang et al. 2015)、無秩序な行動(Dey et al. 2021)、情動処理(Li et al. 2016)、無計画な衝動性(Zhang R. et al. 2020)などに関与している。
MDD患者の中心前回(PrCG)、中心後回(PoCG)、中心傍小葉(PAL)の障害は、MDDの病態生理に重要な役割を果たしていることが示唆される。
taVNS治療はこれらの脳部位の神経活動を調節し、MDD患者のうつ症状を緩和した。
taVNS治療はMDD患者の認知機能と情動処理の調節に関与しているかもしれない。
我々は、taVNS治療がこれらの脳部位(中帯状皮質(MCC)、中心前回(PrCG)、中心後回(PoCG)、鳥距溝(CAL)、補足運動野(SMA)、中心傍小葉(PAL)、舌状回(LG))の異常な神経の活性化を調節することによってMDD患者の情動・認知症状を軽減するかもしれないと推測している。
結論
taVNS治療はMDD治療として有効な治療法である。
左・右側の中帯状皮質(MCC)、左側の中心前回(PrCG)、左側の中心後回(PoCG)、右側の鳥距溝(CAL)、左側の補足運動野(SMA)、左側の中心傍小葉(PAL)、右側の舌状回(LG)の局在均一性(ReHo)の値の変化は、MDDに対するtaVNS治療の神経学的メカニズムに重要な役割を果たしているかもしれない。